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♯01〜Hさんとの出会い〜

〜Hさんとの出会い〜

Hさんに初めてお会いしたのは、平成25年6月、Hさんは57歳でした。
その前月5月に『定年時代』という地域のシニア向けミニコミュニケーション誌に、私の教室のシニアクラスを紹介していただいた折、その記事をたまたまご覧になり、「私もピアノが弾きたい!」と思われ、お電話を下さったのがそのご縁です。
Hさんは、お二人の娘さんを育て上げ、ご主人と二人で、また自分の自由な時間を取り戻したいと思っていた矢先だったそうです。

早速、面接日を6月13日に設定しました。当日は、早めにおいでになり、深々と丁寧にお辞儀をされ、レッスン室にお入りになりました。お子さんは、お二人とも小さい時からピアノを習わせていたそうで、今では、家でピアノが眠っているとのこと、自分も習ってみたかったということでした。真面目を絵に書いたような背筋の正しい方でした。そういう方に限り、レッスンでは汗びっしょり、手は震えるけれどお返事をビシビシされ、こちらまで緊張してしまいます。月2回第2、第4水曜日の午後にレッスンを決め、早速その月の6月26日からスタートしました。「涙そうそう」を弾きたいと持っていらした楽譜は、初心者には難しいものでした。それでも必死で不器用そうに指を動かしていらっしゃいます。私は、さっぱりとした楽譜に書き直して差し上げるとお話しました。それから、真面目で楽しいHさんのレッスンが始まったのです。


平成26年1月29日私の教室にて、初めてシニアクラスの発表会に参加されました。
曲は、もちろん「涙そうそう」です。緊張していらっしゃいましたが、演奏に影響なくきちんと弾かれ、立派に発表会デビューを果たされました。

Hさんのご病気のことを伺ったのは、教室の夏休みが終わった平成27年9月でした。『涙そうそう』から何曲も熟し2年経った頃です。夏休みの頃、胃の調子が悪いとおっしゃって検査を受けていらっしゃいました。
治療が始まるので、これでお辞めになるのかしら・・・と思っておりましたら、レッスン日においでになり、最後までレッスンを続けたいので通っても良いですかと言われました。
もちろんずっと普通にお出でくださいと申し上げました。とても安心された様子で、それから1年近くの闘病と、これまで通り月2回のレッスンが続きました。市川のご自宅から車を運転して来られるのです。

<ご自身の言葉>
「私なんだかすごいんですよ。抗がん剤の副作用で、この頃毛が抜けちゃって、えーっていうくらいどんどん抜けていくんです。先生見たらびっくりしますよ。これから帽子かぶって来て、そのままピアノ弾いていいですか?」お友達が、素敵な帽子を作ってくれたそうです。
この頃、Hさんは、まるで他人事のように勢いよく話をされていました。私は横でただただ話を聞いて一緒に驚いておりました。Hさんに限らず、大人の生徒さんは、ほとんど正面を向いたまま(ピアノに向かい合って)いろいろお話をされるのです。横で相づちを打つ私に時々横を向いて目を合わせながら話を進めます。独特のスタイルです。Hさんもお出でになる度に、そのように話をして行かれました。うなずいて聞いてくれる人が横にいて、前を向いてしゃべるスタイルが心地良いのでしょうか。そうしていろいろ話された後ピアノに入るのが、大人スタイルです。
Hさんもこんな風でした。別の薬の副作用で皮膚にブツブツ痒いものが出て困る話。
爪の先が黒くなって気持ち悪い話。抗がん剤を打った日は起き上がるのも辛いので、ピアノの翌日に抗がん剤を受けに行くスケジュールになっているという話。ピアノのレッスンを本当に大事にしてくださっていることがわかります。

とうとうオーストラリアにいらっしゃる娘さんを呼ばれました。少し身体が辛くなってきたとのことです。レッスンの時も「私のために、娘の人生に迷惑かけてたくないのに・・・」と、おっしゃっていました。でも、いろいろ家事など助けてもらって本当にありがたいのだと。そのうち娘さんが車を運転してHさんと一緒に見えるようになりました。

シニアクラスの50分レッスンがだんだん難しくなってきたHさんは、娘さんとのペアレッスンに切り替えました。娘さんは高校生の時までピアノを習っていらしたそうです。私のところでのレッスンでは「セナのピアノU」、久石譲の「Summer」、そしてモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ(のだめでポピュラーになった曲)」をお持ちになりました。彼女は、音色が綺麗で、優しく感情を込めてセンス良いピアノを弾く方でした。私もその音色と優しさに癒される思いでした。Hさんは、後ろの椅子に座り、小さい子供のレッスンを見守る母親のように一心に聴いては、嬉しそうに拍手をしていました。その頃、Hさんの容態は幾分安定していたということで、娘さんは、一旦オーストラリアへ戻られました。Hさんは、少し心細そうでしたが、「出来ることをして頑張ります!」といつものように明るくおっしゃっていました。

平成28年4月19日シニアクラスの生徒さんの発表会を行いました。Hさんは3回目の参加です。その後再び帰国した娘さんと二人で参加されました。その時ご一緒した他の生徒さんたちは、Hさんが闘病中であったとは全く気付かなかったそうです。それだけ気丈に振舞われていたということです。曲は『翼をください』『愛燦燦』を弾かれました。この発表会に向けて、毎回のレッスンでも家でも、本当に良く練習されていました。

レッスンでは毎回、これまでのように、がんの進行状態や副作用について、まるで私に報告されるようにお話されていかれました。
私は、ある時、少々遠いのですが・・・と切り出し、大岩先生のお話をし、ご紹介いたしましょうかとお話しました。「うわぁーそんな素晴らしい先生がいらっしゃるのですか?」と、とても喜ばれましたので、先生のご本も差し上げました。とても感謝され、早速お読みになったようです。
かつらを作ったので出来上がってから・・・しっくりこないので(かつらが)調整してから・・・今度の抗がん剤を済ませてから・・・と、Hさんにしては、なかなか一歩踏み出せないようでした。ご自分から「大岩先生にお話を伺うだけで気持ちが楽になるのでしょうね。」と全て理解されていたようでしたのに。
私は、急かすことはしませんでした。彼女の方が、紹介者の私に気兼ねして、いろいろ言い訳しているようにも聞こえました。行動力のある方なのに、彼女は何を考えていたのでしょうか。
ところがある日、ご主人と従姉妹さんの3人で『さくさべ坂通り診療所』を訪れることを決心されました。
   
平成28年5月27日Hさんの手記より
 さくさべ坂通り診療所に相談に行った。大岩先生と鈴木看護師さんに話を聞いてもらい気持ちが楽になりました。外来があれば先生に見てもらえたのに・・・残念!

5月くらいから腹水が溜まり始め、お腹が張るということを娘さんからお聞きしていました。6月8日のレッスンに見えたときに、苦しそうな感じもあり、その様子を感じながら、この方のために何か出来ることはないか・・・・私は何を思ったか、考えるより先に言葉が出ていました。「ご自身のためのピアノコンサートしませんか?ご家族をお呼びして・・会場は・・・大岩先生にお願いして、さくさべ坂通り診療所のサロン。象牙鍵盤の素敵なグランドピアノがあるんですよ。いかがですか?」その話をしている間、私の心は何か硬いものがつっぱたような感じになっていました。どんな顔で話していたのでしょうか。
Hさんは「ええーっーやります。いいんですか?」少し笑った目、真剣なお顔で即答でした。提案したとたん私は、ふと我に返り、何て残酷なことを言ってしまったんだろうか。あなたはもう死が近いのだから、家族との最後のお別れコンサートをしたらと提案したことになるのです。これ以上残酷なことがありましょうか。

Hさんの手記より
福島先生から『さくさべ坂通り診療所』で私のコンサートをやりませんか?と言われてびっくりした。

この時、Hさんの心情はどうだったのだろうか。予想も出来ないまま、彼女の「お願いします。頑張ります。」の言葉通り、大岩先生にお願いのメールをしました。「どうぞお使いください。」と、すぐにお返事をいただき、コンサートの日程は、早いほうが良いとのアドヴァイスをいただきました。
タイトル『おかみさんのピアノ発表会:演奏・H』は、7月7日七夕の日に決まりました。

私がこの話をしてから、コンサートの日まで約一ヶ月、厳しい体を励ましながら、娘さんとの連弾も含めて6曲もの練習を続け、当日も見事に弾き切りました。それはこれまでのレッスンでは見たことのないHさんのとても強い姿と演奏でした。私自身驚くばかりでした。
その姿は、死の直前までピアノ講師として、生徒たちひとりひとりに手紙を書いて気配りをしていた友人を思い出させました。

その後、Hさんの体調は、益々厳しくなり、その月のレッスンには、来られませんでした。私は、ご自宅に伺ってレッスンして差し上げたいと思い(最後までレッスンを続けたいという本人の最初の思いから)7月17日ご自宅へ伺いました。玄関に近づくとピアノの音がします。家の中に入るとピアノの前に座って曲を弾いていらっしゃいました。コンサートの時の曲です。
座るのもやっとのお体に見えました。一通り弾かれるのを横で見守り、レッスンを終えました。その後お昼になりましたが、ほとんど召し上がらず、ご家族と私とで、ひと時楽しく過ごしているのをベッドでご覧になっていました。Hさんとは、世間話など少しして、お暇いたしました。その後は、一週間で急に具合が悪くなり、ベッドから起きることもできなくなっていたと後からお聞きしました。最後は、25日明け方、ペットの犬のムーちゃんが見守る中、お一人で旅立たれたと、ご連絡をいただきました。


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