さくさべ坂通り診療所 がんのホームドクター

 ホーム > 音のアトリエ > ♯03 ピアノなどのないお宅でホームコンサート

♯03 ピアノなどのないお宅でホームコンサート

ところで、ピアノなど鍵盤楽器のないお宅でホームコンサートを行うのには、どうすると思われますか?
楽器を持参します。鍵盤77鍵で、ペダル付きのポータブル電子ピアノを持って伺うのです。
私が運べれば良いのですが、私は車の運転が出来ません。それで、診療所のワゴン車の後ろにその電子ピアノを乗せて、スタッフ二人がかりで運んでいただきます。患者さんのご自宅までマンションでも、遠くても、何処へでも運びます。玄関の向こうには、私たちを待っていてくださる患者さんとそのご家族がドアを開けて迎えてくれますから。
「こんにちは!初めまして福島です。よろしくお願いします。お邪魔します。」初めてお会いする私を丁寧に迎えてくださいます。そして出来るだけ患者さんのそばに楽器をセッティングし、患者さんの体調、様子によって音量の調節をし、いよいよコンサートが始まるのです。椅子に座って目を閉じて聴かれる方、ベッドに横になったまま聴かれる方、患者さんのすぐ枕元で…。さて、これからどんなコンサートが始まるのでしょうか。表情は様々です。
事前には、患者さんのお好きな曲、思い出の曲、またご家族のお好きなジャンルなどのリクエストをスタッフが聞いておいてくださいます。私はその連絡をいただき、曲の用意を致します。リクエスト、選曲、準備の流れについては、後ほどゆっくりお話ししたいと思います。
さあ、ホームコンサートの始まりです。
「お母さんあの曲よ、あれリクエストしたらっ。コーヒールンバ!」とワクワクしている患者さんの娘さん。初めの一曲がきっかけになり不安な心も解けてきたのでしょうね。実は、緊張しているのは私です。その私も一緒に心が解けていきます。別のお宅では、「その曲が流行った頃はねぇ…」。また、あるお宅では、お正月頃でしたでしょうか、皆でコタツを囲みポカポカのお部屋の中で「あゝ村田英雄いいねぇ、今度はひばりがいいわねぇ」と、次々その場でもリクエストが出てきます。そしてまたある時は「戦争中はね…」「私たちが結婚した時はねぇ…」などなど、若かりし思い出をぽつぽつと語られ、笑ったり、涙したり、いろいろな会話が部屋の中に溢れてきます。

こうして、ひととき、家族、スタッフも一緒に、温かくて懐かしい、そして優しい音楽の時間を過ごします。その中で今でも忘れられない言葉があります。「親父は、あんな曲をリクエストしていたんですね。あの歌が好きだったんだ、全然知らなかったなぁ、それがわかって良かったです。」と、その後、父親を看取られた40代の息子さんが、おっしゃっていたことは今でも私の心に残っています。彼は、きっとその歌『トゥー・ヤング』をお父様と重ねて良い思い出とされることと思います。

このページのトップへ